かすみ荘 - 雑文:本当にやさしいのか
[もどりゅ]

070. 【本当にやさしいのか】 (2001.06.07)



◇先日、職場でかすみはやさしい人、親切な人だと言われているらしい、という事を聞いた。恐ろしい事である。そう言っている人々は騙されている。本人が言うのだからそうなのだ。早い所真実を見極めた方が良いかと思う。かすみはやさしくないので、わざわざ自分から暴露しようとは考えていないし。

◇一見してやさしい人は、ざっと二つのタイプに分けられる。本当にやさしい人と、かすみみたいに本当は別にやさしくない人だ。本当はやさしいわけではない人間は、実は意地悪だったり、実は計算高かったり、実は普通なのだけれどやさしそうに見える外見であったりと多種多彩だったりする。

◇例えば、電車に乗っている時座席に座っていて、前にお年寄りが立ったら、本当にやさしい人ならば「どうぞ」と席を立つに違いない。しかしながら似非やさしい人のかすみはいくつかのポイントを考える。

1:自分は立てるのか。具合が悪かったり、荷物が多すぎたりしないか。

2:他に立ちそうな人はいるか。ここで複数の人間が立ち上がったりすると気まずい。

3:この人は座りたいのか。わしはそんな老人じゃない、と怒られるのはやだ。

4:この人を座らせたいか。すんなり譲れそうな相手なのか。

◇特に4は大切である。1は立った瞬間ぶっ倒れたり、荷物をぶちまいたりしそうならばおとなしくしておくべきだし、2は子供が譲ろうとしたりしていれば、自分が立つ事によって、ちょっと良い話をぶち壊してしまう。3はプライドの問題なので、相手が怒ったら「あ、そうですか」といってさばさばと座ってしまえばいい。とにかく4は重要だ。余計な事をぶつぶつ言ってわざとらしく老人っぷりをアピールされたり、最近の若い者は、などとてめぇだって若い頃は言われてむっときたに違いない事を言われたり、乗る時などに誰かの足を踏んづけたり、人を突き飛ばしたりしておいて、あやまりもしないで座ろうとする、性質の悪い子供を放し飼いにし、電車バス内を気まずくさせたり、そんなやつらに譲る席などないのだ。辛くて座りたいのならば、座れる車両を待つが良い。傍若無人で礼儀知らずな子供など、タクシーにでも詰め込んで移動するが良い。

◇この辺でかすみの心に住んでいる、怒り妖精さんにリーチがかかり、活発に活動を開始するのだ。そう、かすみは一見やさしそうに見えるだけの、外面菩薩内心夜叉なのであるるるる。最近よく使われる?キレる?人間なのであり、家族にもちょっとばかし恐れられている。とはいえ普段は普通なのだけれど。

◇やさしい、とかやさしくないとか簡単に言ってしまえばそれまでだけれど、本当はもっと奥が深いのではないかな、と思う。本当のやさしい人になりたいなぁ、と思う反面、こんな怒りんぼじゃ生まれ変わったって駄目だなぁ、とかも思う。難しすぎて最後に煮詰まってしまう今日この頃。

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