かすみ荘 - 雑文:ナプキン攻防戦
[もどりゅ]

087. 【ナプキン攻防戦】 (2001.07.05)



○うみゅう、今日も表が表になっている。納得がゆかぬ。

○会社の昼休み前にリュックからお弁当箱を出して、しばし憤るあちき。朝、家を出るときは見ている様で見ていない為に、お弁当箱を包むナプキンが表向きになっているかどうか確かめてはいなかった。

〇このばあいのナプキンとは、お弁当箱を包むべく売られている布製のものである。あちきのナプキンはひよこ模様のもので、自分で購入しているのだが、母には不評の様だ。とはいえお子様用の戦隊ものとか、まじょっこものとかのを使用する訳にはいかぬ。まじょっこといえば、いつのまに5人になったのだ、お邪魔女よ。友人の子供2歳に「かすみちゃん、しらにゃいにょー?」と馬鹿にされたではないか。

○ナプキンには、絵柄のプリントされた表と、そうでない裏がある。あちきの美学では包んだ状態ではナプキンの裏が見えていなくてはならず、結び目を解いて広げると表の絵柄を見ながら食事が出来なくてはいけない。ところが、母の考えでは、表は長時間さらされる方が妥当であるというのだ。

○しかしここで忘れてはいけない事がある。長時間さらされるという事は、その間空気中の埃や雑菌が表側に付着するのではないか。鞄の中に入れてあっても、鞄というものは雑多なものを詰め込む訳だから、他の物の表面に付着した汚れなどが移ってくるのではないだろうか。だとすれば、やはり表は内側にするべきではないだろうか。かような事を母に主張した所、

「食べるときに裏を上にしたままにすればいいじゃない」

との返答が返ってきた。

〇違う、違うぞ、ママ上殿。にんにん。表は表であり、装飾部分なのだから、俺のプリントを見て食いやがれーとナプキンの心の叫びを無視してはいけないのだ。お弁当を自分の上で食べられているその瞬間がナプキンの晴れ舞台なのだから、そこで衣装が逆向きであったら、ナプキンはナプキンとしてのアイデンティティを失ってしまうのではないだろう。

○しかしながら、以上の様な主張をしてもママ上の意見は変わらない。あちきはあちきの考えでそうなるとしても、ママ上はママ上の考えを持っているので変えないとほざきやがるのだ。やはり、ここは他の人の意見も聞かねばなるまい。現在の日本という国は、数の暴力、あ、いやいや違った、民主主義という素晴らしい討議方法があるのだ。簡単に言うと多数決というやつで、小学校の頃から困ったときは多数決で、少数意見をことごとく潰し、あ、いやいや、多くの人を引き付ける有力意見を選択したものだ。

〇ところが、聞いた人のうち殆どの人が、表を表にして(わかりずらいな)包むと、解答してくれるではないか。つまり、少数派はあちきの方であったのだ。ああ、こりはあれだ、中学校の頃の卒業遠足でディズニーランドより富士急ハイランドの方が行った事が無い人が多くて、遠足の先が数の暴力、もとい多数決により富士急になってしまい(あちきは当時学級委員で、とにかく近いディズニー推進派だった)、帰りの渋滞で片道5時間もかかった思い出と一緒なのではないか。どう考えても表が内側だというのに、ちょっと内側派が少ないというだけでこの様なはがゆい思いをする破目になるとは。

〇民主主義を主張するという作戦が取れない現在、持って帰る時に表を内側にするという、ちょっと消極的なゲリラ活動を行っている。あちきのこの作業が報われる事は、多分無い。

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