かすみ荘 - 雑文:女心やね
[もどりゅ]

151. 【大人のみりき(魅力)】 (2002.02.26)



○お誕生日なんである。何回目かは秘密だ。何故なら未婚の女性に歳を聞くのはマナーに反するそうだから。別に歳をとったからといって、昨日のあちきと今日のあちきは違うでありんす、などという訳でもない。昨日と同じ本を読んでいたし(読み終わらなかったので)、朝ご飯はじゃこと海苔だったし(しょぼい)、昨日から続けて爪磨きに精を出しているし(マニキュアを塗るとお菓子を作るのに邪魔なので)、他次元に引き込まれた様子は無いし。まあ、他次元に巻き込まれて入るかも知れないけれど。例えば昨日までの次元は我が社の某所長はまぁぷ増毛法を行っていたが、今日いる次元はヅラとかいう微妙な違いのパラレルワールドかも知れない。どうでしょうか、所長。あ、それから、まぁぷという事は皆知っているのに「毛が生えてきた」というのは止めた方がいいです。言えば言うほどやばいです。

○そんな訳で、朝からプレゼントなんぞも貰ってしまった。妹からねずみぃぱすぽーと2枚、父から何やらお洒落なリュック、母から今度遊びに行くUSJ旅費負担約束。あちきの家は成人した家族でこんな事をしています。仲良し家族、というか、だいぶ世間の家族というものとは違うらしいです。今月末は母の誕生日なので、同じ様な光景が繰り返されます。あ、そっか、母の誕生日にあちきがUSJ旅行負担券を発行すればいいんじゃん。いや、それは違うだろう、あちきよ。

○とにかく、本日、またしても大人の階段を登ってしまったのです。その階段の先にあるのは、暗く寂しい、死という人生の終着点・・・ってそんな事考えるな、あちきよ。にしても、大人の階段は何段あるのだろう。大人というのはいくつからが大人なのか。大人の階段を登ったら、次は降りるのか、それとも平坦な道なのか、いやいや曲がりくねっているのか。

○日本では大人、というのは成人、20歳で区切られているけれど、地球の他の国では15というところもあるし、逆に25以上というところもある。日本だって、パチンコ、競馬などは18でもいいのだ。学生は駄目だけれど。んでもおかしい。大学院などに入ったり、一度卒業してから他の大学に入って、さらに大学院に進んだりした人の中には30過ぎている人だっているのに、学生だからパチンコをしてはいけないという事になる。それはあれか、学生の癖に賭け事に興じるのはいかん、そう言うのは社会に出てからだ、うがぁ、とでもいいたいのだろうか。大学院はある意味、濃い社会だと思うけど。それに、ある程度上級の学生さんなら限度くらいわかると思う。よっぽど、昼間っから自分の車に子供を放置してパチンコに興じたり、我が家の近くのパチンコ屋の前で、奥さんをけり倒して店に入っていったおっちゃんの方が社会的に問題なのではないか。いやいや、勿論、大学にある競馬サークルやパチンコサークルには疑問があるが、あちきのお金を賭ける訳でなし、あちきが警察にしょっぴかれる訳でもなし、問題は無い。

○という訳で、社会的に成人していようが、本人はとんと成人という意識が無いので、恐らく10年後も呑気に「ああ、まだあちきは子供じゃのう」などとほざいている可能性はでかい。そんでもって、歳をとると人は幼児返りするというから、何時まで経っても子供のままで、そんでもって死んじゃうのかも知れない。うみゅう、ちゃんと不老不死になっておかないとお子様のままじゅうじゅう焼かれてしまうではないか。じゅう、じゅう。

○ともあれ、年齢的には立派な大人であるからして、見てくれはそれなりの大人になっているのだ。つまり、大人の魅力というものが溢れているはずなのである。大人の魅力の筆頭といえば、やはりお色気、であろう。あちきの場合、妙齢の女性位置に属している(と自己申告)ので、お色気以外では、健康的、若しくは妖艶、いやいや高貴、はたまたインテリな魅力などがどれかしら、若しくは複合的に溢れているはずなのだ。

○なので、さあ、あちきの大人の魅力を存分に褒め讃えよ!と友人に呼びかけたところ、「毎日がフェスティバルのお嬢ちゃんに大人の魅力は無い」「自立していない人間は大人じゃない」「コンデンスミルクを一気飲みする子は大人じゃない」「大人はカキ氷のシロップ原液を飲まない」「電車の中でAGBをやるのは子供」「うまい棒を1日10本以上食べるな」「日暮里の駄菓子問屋で何種類もの駄菓子を箱買いするな」「お嬢ちゃんと呼ばれる大人はそうそういない」「少年ジャンプはそろそろ卒業してはどうか」「カラオケでガンバスターの歌を熱唱するのは大人としてどうか」「店頭の食品見本を触るな」「大人は鮨のサビ抜きなど注文しない」などなど、多数のご意見ご感想をいただいてしまった。どうやら皆さん、あちきの大人っぷりにじぇらしいを燃やしているご様子。そうであろう、そうでろう。数多いる大人の中で、お鮨を堂々とサビ抜きで頼み、駄菓子を大人買い(箱買い)し、甘いものをものともせず、自分の思いついた事を堂々と行う勇者は数少ないのではないか。

○しかしながら、やはり大人の魅力という名のそれは、近くて遠いものらしい。これだけの能力を兼ね備えながらも「今年こそ、もう少し大人になってね」と母に言われてしまったのだ。流石だ、大人の魅力。そうそう、手に入るものでは無いという事だな。考えてみれば、あの、大人の色気の代表の様なふ〜じこちゃんも色々と苦労しているではないか。人間、幾つになっても勉強ともいうし、あちきもまだまだなのだ。

○話は変わるが、想い出がいっぱい題の歌があったが、あれを過去に涙ながらに合唱した経験がある。中学校3年だかの時に同じクラスの同級生が亡くなってしまったからで、その日は小雨が降っていて、ドラマのワンシーンの様だった。彼は生前車椅子に乗っていて、結構我侭な所があった。本人には知らせていなかったという事だけれど、両親は医師に彼は二十歳まで生きられないと言われていて、その事を彼のお母さんはあちきら、同級生には言っていた。あちきはそれを卑怯な事だとちょっと思っていた。彼は確かに死んじゃうかも知れないけれど、だからといって我侭し放題でいい訳じゃ無い。それで許してもらおうとするお母さんもちょっといけない。だって、病気を理由に我侭を通した嫌な同級生として想い出に残っちゃうからだ。だから本人に知らせなくてもいい。皆で想い出を作る手伝いをするのだっていい。けど、彼の我侭がいつも受け入れられていたら、我侭で嫌な早死にした奴、の称号を皆の思い出に植え付けられてしまうから。

○結局、そう思ったあちきやあちきの友人が、担任に相談して、担任もご両親に話してくれて、以来、怒られる時は怒られる彼、がいた。彼も皆と一緒なんだ、平等にケンカもする同級生になった。そして彼は、初冬に亡くなった。卒業は出来なかった。けれど、卒業アルバムの集合写真の上、空のところに時々見かける円の中に、彼を入れたくなかったあちきたちは、修学旅行や運動会の写真を入れた。クラス写真にも、うまい事制服を着た上半身の写真を入れた。彼は確かに、あちきたちの仲間だった。

○そんなこんなと色々あったけれど、あちきは今日も元気だ。来年の誕生日には今よりきっと大人だ。多分。

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