かすみ荘 - 雑文:結構切実に考えたり
[もどりゅ]

182. 【こんなに恐いのに】 (2002.05.18)



○恐い事があるのです。これだけはずっと恐いのです。子供の頃、歳を取れば大丈夫になると思っていたのに、未だに恐くて仕方がありません。そう、火葬場で焼かれるという事が。

○無論、生きている人間をそのまま焼く事は無いのですが、もし万が一、仮死状態で放り込まれて、しかも意識を取り戻したら、と思いついてしまったのが幼少の頃。

○燃えているんですぜ、周囲が。自分の置かれている状況は並みならぬ事になっている。それはそうだろう、火葬場の窯の中なのだから。しかもごっつい高温で、一気にこんがり焼くだけでは飽き足らず、骨以外の部分を綺麗に取り去ってしまおうとするのですよ。その状況で、直立する程のスペースも無く、唯一の脱出口は固い合金の扉で封鎖され、体が燃やされて行くのを苦しみながら、誰にも聞こえない絶叫をあげながら、何時果てるとも知らない灼熱地獄の中で、運良く狂ってしまえばまだしも、正気を保ったまま高温で生きながら焼かれていくのはどういう気持ちであろうか。

○そんな事を考える小学校低学年のあちき。そもそも、どうしてそんな事を思う様になったかというと、親戚のお葬式を見たからではないかと思われる。その時に火葬場に行き、薄暗い中にパイプ(多分そこからガスなどを出して燃やすのであろう)が走り、そのぽっかりと開いた穴倉に棺おけを入れてしまった時には、「魔術みたいに生き返って出て来たりしないのかしら」などと思っていたが、その後お茶を飲んだりお菓子を食べたりしていたら、火葬場の人が来て、親に着いて行ったら人間の形をした骨が金属の台に寝ていた。あの、穴倉に入れられたら最後、こうなってしまうのね。と物凄い恐怖を感じた。人が死んだとかそういう事よりも何よりも、自分があそこに入れられたらどうしよう、と思ったのだ。

○人間と言うものは有機物で出来ていて、骨やら皮やら肉やらで出来ている。だから、火葬場の窯の中で、ぴょこっと起き上がったりする事もあるらしい。皮付きの鶏肉を焼けば、先に皮が縮んで反り返るし、筋や腱の部分も硬くなる。火葬場によっては、窯の中が見られる所もあるそうで、小学校高学年のあちきはその話を聞いた夜、火葬場の裏手から中に入り、ぴょこっとなる所を夢に見て魘されまくった。その夢があまりにもリアルだった為、本当の様な気がしてならないが、多分、夢だったと思う。思いたい。ので、とにかく夢なのだ。

○中学の時、同居していた祖母が亡くなった。その時はちゃんと最初から最後までお葬式と言うものを見た。葬儀社の人が来て、祭壇を組み立てたり、病院から戻された祖母の遺体が傷まないように目立たない場所にドライアイスを仕込んだり、花輪の手配をしたり、お坊さんを呼んだり、来てくれた親戚をもてなしたり、あちきも学校を休んで母の手の廻らない事を担当したり、様子を見に来たご近所の方にお茶を出したりお礼を言って、両親に引き継いだりした。

○その時もやっぱり火葬場の窯は恐くて、しかも大好きな祖母がもしも中で息を吹き返したら、と思うとこのまま祖母を窯に入れてはいけないと感じて、がっちりとお棺に手をかけたのだけれど、無理やり引き剥がされてしまったのだ。そして、やはり祖母の遺体も人間の形に置かれた骨になっていた。本当に祖母は大丈夫だったのだろうか、もしかして息を吹き返して暴れ周り、火葬場の職員の人が並べなおしたのではないか、などとも思ったが、綺麗に並んでいるし、これといった不自然さも無かったので納得した。けれど、骨壷に入れた時にかさがありすぎて、蓋が上手く閉まらず、葬儀社の人がぎゅっと押した時にめきっという音がした。何となく嫌で、やっぱり恐いわ、と思った。

○それにしても、子供の頃の方が?かしら?とか?しまうのね?とかなどという女性言葉を使っているのがちょっと可笑しい。今、同じ事を言うとすれば「こうなるやも」とか「こうなってしまうです」などと言う。何でこんなに丁寧な言葉を教えたのだ、両親よ。

○そんな訳で、あちきがもしも死んだらば、そのまま火葬場に持っていかないで下さいと遺書を書こうとした所、いくつかの問題が生じる事が判明した。痛いとか、熱いとか、恐いとか思わない様な状態にするには、脳の機能を損傷させれば良いのだけれど、その為には、死亡を認められたあちきの死体の脳天を損傷させねばならないのです。出来れば脳みそをまるまる取り出して、ケーキの箱か何かに入れて、お棺に入れてもらえば、一緒に灰になって(いや実際は灰もほとんど残らないのだけれど)骨壷に入れて貰えるので、彼岸に行っても脳が無くっていやんいやんな状態は防げると思う訳です。しかしながら、日本の法律ではそれを遺体損傷と呼称し、刑法には罰則まで定められているのです。それに、あちきだって誰かにそんな事を頼まれたら、そんな暴力的な事はしたくないと断るでしょう。つまり、やってくれる人もいなさそうだし、やるのもちょっと精神衛生上宜しくなさそうなんですね。

○そんな訳で、あちきの苦悩はまだまだ続くのです。勿論、生き埋めになる可能性がある土葬、息を吹き返し溺死する可能性のある水葬、気がついたら激痛かもな鳥葬なども行って欲しくありません。あちき、個人的には不老不死に憧れるのですが、とりあえず後100年くらい生きていたいので、100年後の遺体処理が素晴らしいものになっている事を祈るばかりです。・・・。って、100年は生きられないって、あちきよ。

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