かすみ荘 - 雑文:検査結果は異常無し
[もどりゅ]

187. 【まな板の上の鯛の如く】 (2002.05.29)



○数年前のお話でございます。

○体の調子が悪い。別段無理をした訳でもなく、何となく調子が悪いので、病院へ。あちきにとって病院は、気になった時にほこほこ行くもの、という位置付けなので、薬局で売薬を買うくらいなら、大人しく診察を受けるもの、というスタンスで望んでいる次第でございます。

○さて、内科で診察を受けるべく、いつもの様に、いつもの如く、暇で仕方が無いから、日課でいつもの様に、通って来ているご年配の方々の間の席をゲットして、自分の名前を呼ばれるのをちんまり座って待つ。時として、座りたそうな視線を感じるが、あちきも病人なので譲らない。過去に、椅子からずり落とされたり、端からぺしっと弾かれたり、ちょっと立って背伸びをした瞬間に遠くから鞄を投げられて席を奪われたりという敗北の記憶があるので、誰とも目が合わないようにしつつ、座っていたのだ。

○名前を呼ばれ診察。女医さんなので、あちきの気が楽になった。
 「沙羅さん、今日はどうしましたか」
 「おなかの調子が悪いんです」
 「便秘ですか?」
 「ええと、ですね、出たり、出なかったりで」

○説明をすると、女医さんはうみゅうみゅ、と肯いて、ぺしぺしとボールペンの後ろでカルテを叩いた。
 「ちゅーちょー検査をしましょう」
聞いた事も無い検査の名前をあげた。
 「沙羅さんもそのうちご結婚なさいますよね。女性の方は結婚前に色々な検査をした方が良いんですよ。でも健康診断みたいな形にすると、保険が利かないんです。沙羅さんは今、具合が悪いのですから、これを機会に検査しちゃいましょう」
聞いた事も無い検査であるからして、ここはやはり受けて立たねばなるまいまい。
 「お願いします」
 「じゃあ、看護婦に説明させますから、あちらでお待ち下さい」

○わくわくと待っていると、看護婦さんが何やら箱を抱えてやって来た。
 「ええとですね、検査の前にお腹の中をからっぽにして貰います。この食事セットを使います。(中略)それから検査の時は、こちらの紙パンツを履いていただきます」
 紙パンツ?何ですかそりは?
 「全部地下の売店で売っていますから、この用紙を持って行って下さい。出せば売店の方でわかります」
 うみゅう〜?看護婦さんに渡された用紙を手に、紙パンツなる謎の言葉に首を捻りつつ、売店に向かう。用紙を出すと、食事セットと紙パンツとやらが入っているらしい紙袋を、袋に入れて売ってくれた。早速紙パンツを見てみたいのだが、曲がりなりにもパンツと名の付いたものである。妙齢の乙女が人前でパンツを広げる訳にもいくまい。帰宅してから待望の紙パンツを広げた。不織布の様な外見と手触り。何にもましておかしいのは、前だか後ろだかが左右に分かれているのである。ただ持っただけならば、左右の重なる部分が大きい為、これと言って問題は無いのだが、こんな大きな出入り口を何に使うのであろうか。しばし悩んだ後、そのまま元に戻し、当日のお楽しみにする事にした。

○そして当日、前日はフリーズドライのおかゆだけ、朝から絶食した上に下剤をかけたあちきは、ふらふらと検査室に向かった。早く何か食べないと倒れてしまう。が、いきなり検査室で、下着を脱いで、紙パンツをじかに履けという指示を受ける。

○う、みゅううううう。紙パンツである。左右に分かれるのである。あちきは妙齢の乙女であり、おしりがこんにちわする様なパンツを履くなどと言った事などしたくない。したくは無いが、検査機器は全てセットされていて、後はあちきが組み込まれるだけなのである。しかも、ちゅーちょー検査とは、注腸検査の略であり、内臓のX線写真を撮るものだったのだ。とはいえ、此処で止めますと言える雰囲気ではないし、それより何より、止める等と言えば、其、即ち敗北であろう。高々写真を撮られるだけではないか。それくらいで逡巡しては、江戸っ子だった天国の祖母ちゃんにバカにされてしまうやも知れぬ。紙パンツの方がきっと良い写真が撮れるのだ。お尻側が別れているのは、きっと他の疾患の方も使うからだ。

○などと自分を納得させ、検査室の中にある検査台の上に。台は何やらでかく、寝た状態で左右に手すりがある。台の上に寝かされて、先生がこう説明してくれた。
 「麻酔を打って、バリウムをお尻から入れます。その後、台の角度を変えながら、何枚か写真を撮ります。台がかなり動くので、しっかり掴まっていて下さいね」
 まーてーい!
 気のせいでなければ、今、お尻からバリウムを入れる、とおっしゃいませんでしたか?妙齢の乙女のお尻から、バリウムを入れる、と?

○仕方なくあちきは哀しみながら横になって、腰にぶっつりと麻酔、筋弛緩剤を打たれ、しばらく放置された後、
 「沙羅さん、これからチューブを使ってバリウムを入れますからね」
 つぷ
 言うが早いか、人様にお見せする事など無い筈のお尻に手をかけ、あちきのお尻からチューブの尻尾が伸びている状態にしくさりやがったのである。

 うきゅう!!

○確かに、痛みとか、嫌な感じとかはしない。バリウム様が入ってきやがられる感触はしないのだが、つびたい(冷たい)というこの事実はどうすれば耐えられるのでしょうか。意外な攻撃に、もきょきょ、と笑ってしまいそうなあちき。耐えねば、耐えねば。こんな所で奇声を発したら、別の科にまわさりてしまう。いかん、いかんぞ、あちき。たかだか?おちり?からバリウムを入れられた位で、うろたえてはいけなひ。・・・。たかだか?たかだかなのか?おちりからバリウムを入れる事はたかだかなのか?世の中には生まれてから死ぬまでの間、一度たりともおちりからバリウムを入れない人生を過ごす人の方が多いのではないか?病院の検査室で、びにいるちうぶをおちりから生やしているあちきはオカシイのではないか?

○何やらぐるぐると拙い思いが頭の中に去来し、もしも今、病院が火事になったら、突如天災が襲って来たら、誰かがちうぶを抜いてくれるのかなぁ、そりとも自分で抜かなくてはいけないのかなぁ、抜いたらどうなるのかなぁ、などと考えて、ふと見ると、先生も看護婦さんも、みんなみんな隣の部屋に移動していて、しかも、その隣の部屋の大きなガラス越しに台の上のあちきを眺めていたので、何かあったらあちきは自分で助からないといけないんだ、と自覚した。
 「沙羅さん、聞こえますか?」
 「?」
先生の声が室内のスピーカーから流れる。こくこくとあちきが肯くと、
 「沙羅さんの声は、室内のマイクが拾いますから、気分が悪くなったら、声を出して言って下さいね」
 「はい」
どうやら、完全に連絡が絶たれた訳では無いらしい。
 「バリウムが大体入りましたから、次に空気を入れますね」

○もっきゅぅぅぅぅぅぅぅぅう!あちきは子供に悪戯されている蛙か何かなのか?確かに、胃のレントゲンを取る時に、バリウムを飲んだ後炭酸で胃を膨らませると聞いていたが、おちりから空気を入れるなんぞ正気の沙汰ではない。断固阻止すべし。そう思うも、筋弛緩剤と麻酔をかけられているのであるからして、ぷいぷいと滞りなく空気は体内に送り込まれている。
 「はい、台が動きますよ」
ごごごごご。そーいえば、宇宙飛行士の人がぐりぐり動く台に固定されて訓練受けるよなぁ、これはゆったり動くけど、それと似ている。まな板の上の鯛とか言うよねぇ、こういう状況は。
 「右向いて下さい。あ、ちょっと、右」
言われるがままに、あっちを向いたり、こっちを向いたり、腰を曲げたりしていると、どうやらたくさんのレントゲン写真が撮れたらしい。
 「はい、お疲れ様です。終わりですよ」
むぅ、何時の間に撮ったのだ。
 「少しバリウムを抜きますからね」
あうぅぅぅぅぅぅぅぅう。

○そしてあちきは、残ったバリウムを出すべく本日2回目の下剤をかけられ、ご不浄へ行きたがるあちきの肩を、看護婦さんが5分以上押さえ込むという地獄を体験し、這いずる様にご不浄に行き、ぱんぱんに詰まった空気を排出するという妙齢の乙女にとって恥ずかしい事この上ない体験をする。連続して空気が排出される音に、後から入って来た御婆さんに、
 「貴方、とんでもない音がするけど大丈夫?」
と聞かれた時は、死んじゃおうかな、とも思った。いや、此処で自殺しても、おちり丸出し(パンツは履き替え済みだけれど)で保護されるに違いない。へろへろした声で、「大丈夫です。検査だったので」と答えるのがやっとであった。

○病院、気軽に行ける憩いの場、とはいえ気軽に「検査しますか?」「はい」とやりとりをすると、とんでもない事が待っていたりするのだ。

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