かすみ荘 - 雑文:売り場は戦場です
[もどりゅ]

250. 【みっしょんをいんぽしぶるのです】 (2003.02.20)



○私はそっと例のものを鞄に滑り込ませた。これを手に入れる為に、私が支払った代価は大きい。時間もそうだし、手間もそうだし、文字通り代価も私の生活からすれば天文学的だ。そっと鞄の上からそれをなでる。これを使ってターゲットを仕留めるのだ。

○とにかく、私がこれを持っている事を悟られてはならない。特に、私のライバルであり、美貌の持ち主であるAには決して知られてはならないのだ。Aは今までに色々な伝説を持つ凄腕で、私は何回彼女の後塵を帰したかわからない。けれど、今回のオペレーションはAに負けるわけには行かないのだ。最近のAは次々と成功を収めているせいか、油断も見える。叩くなら今のうちだ。
○戦場が近づくにつれ、私の心臓は鼓動のスピードを上げていく。落ち着け、自分。今日は特に大切なオペレーションの日じゃないか。失敗は許されない。その時、視界の向こうにAが見えた。今までの戦闘に勝利してきた余裕か、口元に微笑まで浮かべている。そしてその唇は紅く、妖艶という言葉が似合う。あれなら男どもは難なく騙されても不思議じゃない。Aは私と目が合うと、くすっと笑った。
 「おはよう」
 「おはよう」
 「どう、今日はうまくいきそう?」
 「何の事」
Aは小さく笑いをもらす。私は黙っていた。こいつは敵なんだから。表面上は穏やかだけれど、実際は心の中で何を考えているかわからないし、昨日までの情報合戦で、Aがかなりの情報をつかんでいて、それを利用した事も知っている。極力、手の内をわからないようにしてないといけない。

○目的を達成するまでの間に、長い時間が流れていく。すぐにターゲットを襲ってもいいのだけれど、あせりは失敗を招くと相場が決まっている。私は、情報屋から逐一流れてくるそれをもとに、ターゲットを追い詰めるべく、作戦を立てる。強襲するべき場所と時間、相手の反撃も見越しておかないといけない。最悪の撤退の時にどう対処すればいいのかも難しいけれど、用意しておかないといけない。

○ついに作戦決行の時がきた。満を持して鞄をつかむ私。例のものをもう一度確認する。

○ターゲットを探してそっと歩く。勿論、絶え間ない情報からターゲットの居るところはわかっている。しかし、どんな邪魔が入るかわからない。
 ターゲット発見!
けど、私の潜んでいる物陰よりも先の場所から、Aは一気にターゲットに接近した。しまった!やっぱりAも狙ってたか!

○Aはターゲットの真正面にさっと回り込んだ。一番効果があり、逆に反撃も受けやすい場所である。目にも見えないスピードで、後ろに回していた手を前に。手には高価なあれが載っていた。
 「高遠先輩!これ、受け取って下さい!」

○Aの手にはベルギー王室御用達デメルの包み!あの大きさはザッハトルテと見た!思わず鞄を持つ手が震える。勝った!私のは同じく御用達のゴディバの季節限定詰め合わせの一番大きいもの、2,3千円は差がついている筈!高遠先輩は貰ったわ!ダッシュでAの隣に並ぶ
「先輩、私のこれを受け取って下さい!」

○私とAの視線がまっすぐに向けられると、高遠先輩はちらっと後ろを見た。其処には知らない1年生が。
 「ごめん、俺、彼女から貰ったから。彼女の事好きだから」
私達の戦いは終わった。

○しかし、バレンタインデーは来年もやって来る。そして、日本の製菓メーカーはよりグレードを上げた武器を次から次へ出してくるに違いない。そうして私達は、決戦の日も押し迫ったチョコレート売り場で、より他のやつを蹴落とすべく、財布と、見栄えをはかりにかけながら、武器を手に入れるのだ。込み合うチョコレート売り場は決戦前の前哨戦が行われ、人を押しのけないと買う事すら出来ない。私達のチョコレートは、そうして、苦労して手に入れたものなのだ。栄光をつかむ為に、私達は来年も激しく戦うだろう。

○あちきの場合、人にあげるより、自分が欲しいのです。くらさい。

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