かすみ荘 - 父とわたくし:父と踝
[もどりゅ]

ACT010:父と踝(2001.01.31)


◇踝。家でテレビを見ていたらこんな漢字が写った。番組名はクイズ赤恥青恥で、ボーナスクイズの問題らしく、街ゆく人10人に、この漢字は何と読みますか?という質問だった。写ってすぐに、父とかすみが異口異音を発した。

「かかと」

「くるぶし」

◇父の表情がこわばった。動きが止まる。「そ、そうだよ、かすみが正しい。踝、踝だよ。あーっ、俺、なーんでまちがっちゃたんだろ。そうだよ、わかってたよ、踝だよ、踝な、そうだよ、そうなんだ」 いいじゃん、間違える事もあるし。「でもどうして間違っちゃったんだろう。そうだよな、どう考えたって踝だよな、なんでかな、あれかな、ど忘れかな。やだね、歳をとると」 そこまで言わなくてもいいじゃん。「変だよな、あれだよ、本とかに出てくるもんな、踝」 ま、そうだけどね。「にしても、あれだな。かすみがわかったのに俺がわからないんだもんな。あれか、最近本を読んでないからな。かすみは毎日やたら本を読んでいたもんな」 あー、そうかもねぇ。でも踝は出て来て無いもんねぇ。

◇に、しても認めろよ、自分が忘れていた事を。そして娘が覚えていた事を。それでいいじゃないか、ねえ。

「お、かすみ、この問題わかるか?」

「〜でしょ」

「そうだよな。これぐらいじゃ簡単かぁ」

◇そうだよなぁ、そうだよなぁ、とか言いつつ、不満そうな顔。どうやら自分が分かってこちらが分からないという問題が出ない限り、父として納得がいかないらしい。ここで勝ち負けが決まった訳でもないのに、負けず嫌いの本領が発揮してしまっている。こうなると話が長くなってしまうのだ。かすみ的にはとっとと自室に戻って、お絵描きのひとつもしたいのに、クイズ対決になってしまったのだ。

◇結局、今夜の対決はかすみの勝利。雑学親子のくだらない対決はとりあえずけりがついた。かと、思ったのだ、けど。

「ただいまぁ」

◇翌日、会社から帰宅するとにこにこしながら父が一枚の紙を差し出して来た。こちとらは朝方にリベンジが無かったので、すっかり昨日の事件を忘れていたのに、父は忘れていなかった。何とかしてかすみにぎゃふんと言わせるべく、画策していたらしい。

◇その紙には<サライ難航パズル>と書かれている。内容はクロスワードパズルで、かなり難解な出題も含んでいる様だ。例えば、中国四大奇書といえば、とか、相撲で土俵入りするさい力士が行う行為とは、とか、玄人の事、ってな問題がひしめいている。父はにやりと笑うと、「辞書を見てもいいんだぞ」と言う。「お父さんは終わったの?」「まだ途中」

◇ぜってー辞書なんか見ないなりよー!と父譲りの負けず嫌いっぷりを発揮するかすみ。夕飯も速行で終了させ、コピーした用紙を一枚ずつ目の前に出し、考え始める親子。それを半ば呆れ顔で見ている母。しばらくは自信を持って埋められる個所を埋めて、次に可能性のある文字を仮に埋めてしばし検討する父とかすみ。そのうち両者、自分の分からない個所で停止。お互いの用紙をちらっと見る。

◇とりあえず埋められるだけ埋めて用紙を置いて、父とかすみがお茶を飲み始めると、両方の用紙を統合し始める母。「これでプレゼントに応募出来るね」 などと言って我々の戦いを終結させてしまったのだった。ま、こんな戦いをいつもでも続けたくはなかったので、かすみとしてはこれで良かったと胸をなで下ろしたのだが、父は納得していない様子で、何やら文句を言っている。あきらめろ父よ。いいよかすみの負けで、そうだ、そうしよう。

◇そんな事があってしばらくし、忘れかけていた頃。会社から帰ると食卓のかすみの席に一枚の紙が置いてある。<サライ難航パズル>。そうか、今日はサライの発売日か。まだまだ戦いは続くらしい。ふと見ると、母が難航パズルに挑戦し始めた。

「あれだよ、言うじゃないか。それ以外にどんな言い回しをする?」

「だからここに長押って入るでしょう。そしたらここがげだからぁ」

◇自分用の紙を脇にやり、父と一緒に母を挟んで横から口出しをする。父の場合、この間の復讐らしいが、かすみの場合は分かっている所が埋まらないのは気になって仕方が無いからだったりする。それに、かすみが埋めてもまた取り上げられるのやも知れぬ。だったら人が埋めてない所を入れた方が楽だし。

「ああっもう、一人でやろうとしてるのにぃ!」

「無理だよ、これは」

「だってお母さん、埋まってないもん」

◇その後、親子そろって嫌な性格だと、母に言われつつもパズルは完成したのでした。

教訓:時には父と共同戦線を張る事も必要。


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