かすみ荘 - 父とわたくし:父と鮨折り
[もどりゅ]

ACT019:父と鮨折り(2001.03.28)


◇酒は飲むもの、飲まれぬもの、という言葉がある。かすみも大人なので、過去においたをして酷い目にあってからこちら、酒はほどほどという事を心がけている。心がけているうちに、喘息が悪化し、酒は殆ど飲めなくなってしまったので、現在は事件を起こそうにも起こせなくなってしまった。

◇さて、父が酒に対してのスタンスは、無理はしない、必要以上に飲まない、人に無理矢理勧めないといった、なかなか紳士な態度なので、醜態というやつは滅多に無い。新聞の4コマにある様な、千鳥足で鮨折り片手にぶーらぶらなどという状況は一度しか見た事が無い。逆に返せば、一度だけ、醜態というやつをやっている。

◇その日は送別会を兼ねた忘年会だった。酒もついつい進んでしまう。隠し芸では父がお得意のマジックを披露してかなり受けたらしい。ついつい調子にのったのか、かなりの酒を飲んだ、らしい。じかんはまだ10時をまわった程度、にもかかわらず、ご機嫌な父。すいっと、鮨折りを差し出すと、その手を左右にゆっくりと広げる。そのまま手を斜め上にあげ、ゆっくりと片足を上げた。

「鮨、買ってきた。さぁ食べよう、すぐ食べよう。鶴拳くぇー」

◇くぇーである。鶴拳の使い手だったのである。かすみは成龍(ジャッキーチェン)を愛する者として、戦わねばならないのだろうか。鶴拳に勝てるのは何であろうか。虎狼拳か、蛇拳か、八極拳か・・・。敵はくぇーと声を上げて攻撃する意志を明確にしている。くぇー、くぇーと鳴く父を、私以外は冷静に眺めていた様で、母が声をかけた。

「お父さん、お風呂入るの?今日は遅いから後で食べましょうね」

「さぁ、食べよう、今食べよう。不味くならない内に。くぇー、鶴拳くぇー」

◇食べねばなるまい。鶴拳で、くぇーだから。かすみが鮨折りを受け取って、開封し始めると、父は納得したのか、

「俺は寝る。くぇー」

と、言い残し、去っていったのであった。

◇次の日、自分が鶴拳の使い手であった事は記憶に無いと否定していたが、武術の使い手は通常自分の力を誇示しないものなので、記憶喪失のふりをしているのかも知れない。以後、酔った父と彼の鶴拳を見たものはいない為、鶴拳は幻の技となった。

教訓:酔っている時の醜態は、自分では覚えていられないので注意が必要。


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