かすみ荘 - 父とわたくし:父と真夜中の公演
[もどりゅ]

ACT024:父と真夜中の公演(2001.05.16)


◇ポールモリアをご存知であろうか?ポールモリアそのものを知らなくても彼の作曲したオリーブの首飾りを聞いた事はあるのではないだろうか。これは文章だからして曲を表現するのは無理なのだけれど、ちょっとやってみると、ちゃららららら〜、ちゃらららららーらら〜、ちゃらららららーら、らー、ら、らー、ら、らー、ら、らーらら〜。うみゅ、やるだけ無駄だったな。自分でも分からないもの。

◇オリーブの首飾りは一昔前にマジックで良く流されていたのだ。マジシャンがカードをばっと開くと花がぽんぽんぽん、鳩がばたばたばた、ばたばたゆっても某正義のパンアニメに出てくる女性ではない。このカードやら花やらをやっている後ろにBGMとしてちゃららららら〜、と流れている。それ以外でもこの曲は大変に有名なので生まれてから一度くらいは誰しも耳にしていると思う。いや、きっとしてるね。ま、今回の内容は曲の説明じゃないのだけど。

◇まだかすみが小学生だった頃の話である。夜中に喉の渇きを覚えてかすみは布団を出た。当時の沙羅御殿は木造二階建てのちんまりした屋敷で、二階に部屋を持つかすみが下に降りると、ダイニングっつーか食堂と台所(キッチンなどというこ洒落たネーミングはそぐわない)に向かって2通りのアプローチが出来たのである。降りて右手にある木の引き戸を開けるか、ぐるっとまわって台所の裏側から入るか。夜中であるからして木戸を開けると一回で寝ているじさまとばさまが起きてしまう可能性がある。よってぐるっと裏側からのアプローチを試みた。

「さぁ、皆、不思議の国へ冒険に行こう!」

◇恐ひ、恐すぎる。父の後ろ姿が食堂のテーブルに向かって見えてゐる。食堂は薄暗いままで、低く小さな声で真夜中に一人、何やらいっちゃった人みたいな事を言っているのである。

「じゃあそこの僕、この端を持ってくれないかな。・・・。ありゃりゃおかしいねぇ」

◇おかしいのは己じゃ。と当時のかすみは考えなかった。今のかすみであれば、そのまま台所に入って、お父さん何をしているの?と聞いただろうし、聞かずとも何をしているかの察しは付く。しかしながら小学生のかすみはびっくりしてそれどころでは無くなってしまったのだった。

◇お父さんが既知外になってしまった、そう思ったのである。尊敬するカッコイイ素敵なナイスミドルのお父さんが既知外になってしまったなんて、かすみどうしていいものやら、とおろおろ。その上存在しないそこの僕に話し掛けている。涙目になりながら、喉の渇きも忘れ、ふらふらと部屋に戻る。ああ、大切なお父さんが既知外になってしまった。明日から家族七人、どうやって暮らして行けばいいのかしら。かすみはお姉ちゃんだから、入院するお父さんの為に新聞配達をしなくてはならないかも知れない。

◇余り眠れずに翌朝階下に降りて行くと、なーんにも無かった様な顔した父が、朝食を食べていた。どきどきしながらもお父さんは夕べ良く眠れた?と聞くと、眠れたよ、と返されてしまった。既知外の上に夢遊病なのだろうか。

「でも、夜、私・・・。」

「・・・。まさか見たのか?」

「・・・。」

「見たかー、見られちゃ仕方が無いな。あれはマジックの訓練だ」

◇話を聞くと、父は時々真夜中に一人寂しくマジックの訓練をしているのだそうな。マジックは訓練をしないと手が動きにくくなるし、観客に見せる為には池の白鳥のごとく、人知れず努力をせねばならない、らしい。父曰く、将来仕事が突然無くなったりした時には、マジックで一家を養わねばならないので、日頃の訓練は欠かせないのだそうな。昼間にやると子供が寄って来てしまい、新作の練習や話の持って行き方の練習が出来ないらしい。

◇そんな訳で、父はいまでも時々一人で観客のいないマジックショーを開いている。時間は夜中だ。ちゃららららら〜。

教訓:秘密特訓はこっそりと。


前へ父とわたくしのTOPへ次へ